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カシオ計算機の創業の父、樫尾茂

 カシオ計算機の創業の父ともいうべき前会長の故・樫尾茂は明治31年、高知県長岡郡久礼田村で生を受け、地元久礼田小学校を卒業しました。農業や窯業で生計を立てていた彼は、関東大震災を機に永年住み慣れた高知を離れ、親戚を頼りに、焼け跡から復興中の東京に新天地を求めました。
 妻と6人の子供たちの家計を一手に担って、懸命に働く父の姿は、後年、勤勉とたゆまぬ努力で計算機事業を興した樫尾四兄弟のチャレンジ精神とエネルギーの源泉となり、大きな亀鑑でもあったことはいうまでもありません。
 長男・忠雄 が独立自営するに際し、資材の乏しかった戦後、待望の工作機械を求めて長野県諏訪から東京まで運んだ話や、カシオ計算機の事業拡大の途上では、工場用地を求めて各地を行脚するなど、息子たちの事業を支えた功績は枚挙にいとまがありません。
 時代の流れの中で、断腸の思いで久礼田の里を去った彼は、カシオ計算機がいつしか高知に工場を建て、故郷に少しでも恩返しをしたいとの夢を語り、その証として当工場用地を取得して、生涯を終えましたが、息子達がこの夢を開花させました。 現在の高知カシオ株式会社(空撮)
 現在、世界にあまねく進出した「CASIO」ブランドのそのルーツといえば、樫尾茂・忠雄親子を育んだ故郷である、ここ南国市にあると言えましょう。

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